以前にも書かせていただきましたように、私は1977~2008年の31年間、医者の中でも特に忙しいと言われている脳外科の勤務医をしておりました。
私が脳外科医になった1970年代には、世界中の脳外科医の間で通じる「脳外科未亡人」という言い方がありました。結婚をしていても、忙しくてあまり家に 帰れなかった脳外科医の生活をうまく表現している言葉だと思います。
脳外科の勤務医をしていた頃は、長時間手術や学会活動に時間を取られ、多くの心身の問題を抱えて悩んでおられる脳外科疾患の患者さんやその御家族に十分に対応できていないという申し訳ない気持ちを持っておりました。
私は考えるところがあり2008年3月末に当時勤めていた病院を早期退職し脳外科手術をやめましたが、おかげで生活に時間的ゆとりが持てるようになっておりました。
そのような時に我が家の近くで「NPO交通事故サポートプログラム」主催の高次脳機能障害の講演会があることを知り参加することにしました。 勤務医時代から高次脳機能障害に関しては気になっておりましたので、いま何が問題になっているのかを知りたく思ったからです。各演者の講演は大変新鮮で参 考になりましたが、むしろ私が驚いたのは講演後に参加者から発せられた多くの質問を聞いた時でした。
患者さんの御家族が脳に関して多くの誤解や間違った知識を持っておられ、不要な心配をしておられることを知ったからです。そして同時にこのような誤解や間違った知識の修正なら脳外科医であった私に何かお手伝いできることがあるのではないかと思いましたのが、「NPO交通事故サポートプログラム」とのお付き合いの始まりです。
最近は高次脳機能障害に関する本をいろいろ読んで勉強していますが、医療者側の無知を示すエピソードにしばしば出会います。
一例を紹介します。
「この病院には幽霊がいる」、「病棟でしょっちゅう迷子になる」、「いつまでたっても主治医や看護師の顔が覚えられない」など後頭葉の脳梗塞による高次脳機能障害の症状を呈しておられる患者さんが、医療者側が無知であったために、「入院を続けているとボケが進んでよくないので、早く退院しましょう」と言われてしまった話が紹介されていました。
現在、私は高次脳機能障害の方々の診察や診断書の作成などを積極的に行うようにしていますが、他の病院にかかっておられる患者さんが遠方からわざわざ私の外来に来られる現状を見ておりますと、まだまだ医療者側の高次脳機能障害に対する対応が不十分なのだと実感しています。明らかに高次脳機能障害を有しておられるにもかかわらず高次脳機能障害の説明や高次脳機能障害に対するリハビリを全く受けておられないこともよくありますし、高次脳機能障害については患者会やテレビ、新聞で始めて知ったというご家族もおられます。
医療スタッフはぜひ高次脳機能障害に対する充分な知識を持って欲しいと思っています。