現状では自賠責保険においては、高次脳機能障害の診断には、「脳の器質的損傷の存在が必須」という立場が頑なに守られています。
しかし、脳挫傷・出血・萎縮などの画像所見を欠く軽症頭部外傷による高次脳機能障害症例が存在するという認識が徐々にではありますが高まっているように思います。
労災保険では、「画像所見が認められない場合であっても障害等級第14級を超える障害が残る可能性が示されたことを踏まえ、MRI、CT等の画像所見が認められない高次脳機能障害を含む障害(補償)給付請求事案については、本省で個別に判断することとする」旨の厚生労働省通達が発出されています(平成25年6月18日付け基労補発0618号1号)。
また、自賠責保険においても、「画像所見陰性の軽症頭部外傷について、高次脳機能障害が生じているか否かを慎重に検討していくことが必要である」という立場が表明されています(「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について」(報告書):自賠責保険における高次脳機能障害認定システム、2019年5月31日)。
一般社団法人日本脳神経外傷学会という学会があります。
私も現役の脳外科医の頃には所属しておりました。
この学会は脳や神経の外傷に関する研究・治療・予防などを専門にしている学会です。この学会の中の委員会の一つ「外傷性高次脳機能障害検討委員会」から重要な論文が報告されています(大谷直樹ら:軽症頭部外傷による高次脳機能障害に関するコホート研究、神経外傷 47、55-62、2024)。
この論文において、全国の高次脳機能障害支援拠点102施設にアンケートを行い、277人の高次脳機能障害者中13人が「画像所見陰性の軽症頭部外傷による高次脳機能障害」であったと報告されています。
受傷機転は13例中2例は転落事故ですが、残り11例は交通事故でした。そして、この論文の「考察」の部分で、「今回の調査結果は脳の器質的損傷の存在を必須としてきた自賠責保険における高次脳機能障害の認否に一石を投じることになりかねない」と述べられており、さらに「おわりに」の部分では「画像所見陰性にもかかわらず高次脳機能障害を生じる可能性が示唆された」と書かれています。
一般社団法人日本脳神経外傷学会の中の専門委員会の名前で出された論文であるだけに内容に重みがあります。
このよな報告があることを鑑み、脳外科医としては、軽症頭部外傷であっても、受傷急性期における正確な経過の記載と保存、並びに頭皮における外傷状況(皮下血腫、骨膜下血腫、擦過傷など)などの所見を記述しておき、軽症頭部外傷症例に対する初期治療時のカルテ記載の不備を極力なくすように努めることが必要があると再確認した次第です。














