第39回 自然は真空を嫌う

リハビリテーションの勉強のために、「リハビリテーションの思想 人間復権の医療を求めて」(上田敏著、医学書院、2012)という本を読む機会がありました。
その中で、「自然は真空を嫌う」というアリストテレス(BC384―BC322)の言葉が紹介されています。

アリストテレスが、その著書「自然学」の中で述べたもので、「自然界では、まったく何もない空間ができそうになると、そこを何かが埋めようとする」ということを表現しています。

著者の上田敏先生は、脳卒中などの患者さんが言語障害や半身まひなどの障害受容ができずに長期の入院リハビリを続けてしまった場合の弊害を説明するために、この言葉を引用されました。
退院が遅れ、家から遠ざかっている期間が長くなればなるほど、患者さんは家庭の中での役割を失っていきます。

つまり「真空」が出来上がってしまいます。

家庭も、いつまでも病人が残した空白をそのままにしておくわけにいかず、役割の再編成が起こって、病人なしでもなんとかやっていける態勢を作らざるを得ないからです。

今では多くの病院に医療ソーシャルワーカーがおられ、制度も変わりましたから、昔ほどには長期入院の患者さんはいないと思います。
しかし、私が若い頃には長期入院の症例は結構多く、患者さんがいざ退院しても、家庭や職場で異邦人どころか異星人にでもなったような孤立無援の感情を味わうことになることがしばしばあったように思います。
私は脳外科の勤務医をしていた頃には、長時間手術や学会活動に時間を取られ、高次脳機能障害の患者さんやその御家族に対して十分に対応できていないという気持ちを持っておりました。そこで、2008年に脳外科の勤務医を退職した後に、高次脳機能障害の勉強を始めました。約15年が経過しましたが、この間、何人かの方々から、「先生のおかげで、やっと高次脳機能障害の認定を受けることができました。有難うございます。これで、やっと前に進めます。」という趣旨のお礼の手紙をいただいたことがあります。

このような手紙をいただくと一瞬はうれしく思います。
しかし、高次脳機能障害者になられた方々は、これから「生活の再構築」に向けて様々な困難に出会わなければならないことを考えますと喜んでばかりもおれません。

生活訓練、就労支援、家族支援などには多くの困難が伴いますし、ご本人やご家族の努力も必要です。

現状では、まだまだ不十分な支援のネットワークしかありませんが、今後は充実してゆくことを切に望みます。

この記事の著者

  • 安井 敏裕先生
    専門:脳血管障害・高次脳機能障害
    大阪市立大学医学部卒 馬場記念病院脳神経外科部長、大阪市立総合医療センター脳神経外科部長、同志社大学社会学部社会福祉学科非常勤講師等を経て現在「クリニックいわた」、「梅田 脳・脊髄・神経クリニック」に勤務。
    日本医師会産業医、大阪医師会紛争特別委員会脳神経外科委員
  • 安井先生
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